三島暦と河合家


三島の宿に三島暦が生まれたのは、古い記録によると8世紀後半奈良時代のことと思われますが、現存する最古のものは、栃木県足利市に所蔵されている15世紀初めのものであるため、定かではありません。
この三島暦をつくり、現代にもまだ残る三島暦師河合家は、奈良時代に京都から下向して天文台を設置して三島暦を作り始めたそうです。その河合家は、五十代続いた暦師を廃業して、現在では職業は変えてはいるものの、その古い家屋は今なお三島大社に隣接して残っております。
しかしながら、江戸時代初期には、徳川幕府はこの三島暦を公式の暦として採用しており、関東・東海地方に広く使われていたそうです。その後、江戸時代後期には、幕府作成の大和暦への改歴によって、一地方暦として伊豆・相模にて用いられるばかりとなってしまったようです。