三嶋暦と三島手


「三島手」という呼び名の由来は三島暦にあります。
現在ではあまり知られていないこの暦ですが、全盛期には関東・東海地域で広く用いられておりました。
この三島暦は、太陽暦となった後も明治15年までは頒布されていたものですが、その後は作られなくなってしまいました。
しかし現代に残る三島ゆかりの文化として、この「三島手」という文様を広く全国にアピールして行こうという主目的で、この「三島茶碗文化振興会」が設立されたものです。